はじめに:デザインが「できる」と、チームを「率いる」は別の話

もっと成長したい
いつか自分のチームを持ちたい
そう思ってスキルを磨いてきたはずなのに、いざチームを持ち始めると、まったく想定していなかった壁にぶつかる。これ、デザイナーに限らず、技術職からリーダーになる人のほぼ全員が経験することです。
私もそうでした。フリーランスとして月商90万円を達成し、「次のステップへ」と動き始めたとき、自分がいかに「一人で動くこと」に特化していたかを痛感しました。
デザインのスキルは上がっていた。クライアントへの提案も、制作スピードも、単価も。でも人を動かすこと、チームをまとめること、誰かの成長を支えること——これらは、まったく別の筋肉を使う話でした。
この記事では、私がJCC(認知科学コーチング養成講座)を受講しながらリアルタイムで直面した「3つの壁」を、失敗談と乗り越え方をセットで正直に書きます。
フリーランスデザイナーとしてある程度稼げるようになり「次のステージ」を模索している人、デザイン事務所の立ち上げを考えている人、メンターや講師として人を教え始めた人に、特に読んでほしい内容です。
壁① プレイヤー呪縛

【壁の正体】「手を動かすこと」がアイデンティティになっている
技術職がリーダーになるとき、最初にぶつかる壁はほぼ例外なくこれです。
自分でやった方が早い。
この言葉、心の中で思ったことがある人、かなりいると思います。私は毎日のように思っていました。
外注したデザインが「ちょっと違う」と感じて結局自分でやり直す。メンバーへの指示に時間をかけるより、自分でサクッと作ってしまう。人に頼むと修正のやり取りが発生するから、最初から全部自分でやる。
これが「プレイヤー呪縛」です。
フリーランスとして一人で結果を出してきた人ほど、この呪縛は深い。なぜなら「手を動かすこと」が収入に直結してきた経験が積み重なっているから。手を動かすことで評価されてきた。手を動かすことに自信がある。だから、手を動かさないことへの罪悪感すら生まれる。
そして気づいたのは、「自分でやった方が早い」は、実は「自分の頭の中を言語化するコストを払いたくない」という逃げでもあるということ。これに気づいたとき、正直ちょっと恥ずかしくなりました。
【私の失敗談】外注して「やっぱり自分でやる」を繰り返した話
月商が増えてきて受注量が限界に近づいたとき、初めてデザインの一部を外注してみました。
バナー制作の一部を、知人のデザイナーにお願いしてみたんです。
結果として、私が期待したものとは違うものが上がってきました。
なんか違う
自分でやった方がよかった
その瞬間、頭の中でその言葉が浮かびました。そして実際、自分でやり直しました。
でも少し落ち着いて考えると、問題は相手のスキルじゃなくて、私の伝え方にあると気づきました。私は「こういうデザインにしてください」という指示は出したけど、「なぜこのデザインにするのか」「このクライアントにとってどんな意図でこの色を使うのか」という背景を一切伝えていなかった。
相手は私の頭の中を知らない。当たり前の話です。
その後も同じことを2回繰り返して、3回目でようやく「伝え方の問題だ」と本気で向き合いました。
【乗り越え方】「渡す仕組み」を一つずつ作る
まず自分の仕事を書き出して、「これは本当に自分しかできないか?」を一つずつ問いかけます。意外なほど多くの仕事が「言語化すれば渡せる」とわかります。
私の場合、SNSバナーのトリミング調整、ファイル整理と納品準備、簡単なテキスト修正。これらは全て「手順書があれば他の人でもできる」仕事でした。
自分しかできない仕事(クライアントとの関係構築、コンセプト設計、提案の核の部分)と、誰かに渡せる仕事を明確に分ける。これが第一歩です。
「これ、自分でやってしまった方が早いな」と感じた瞬間を、一度立ち止まるサインとして使います。
その仕事は本当に自分しかできないのか。言語化すれば渡せないか。渡すことで誰かの成長につながらないか。この3つを自問するだけで、行動がかなり変わります。
今月のミッションとして「自分が介在しなくても完結するフローを一つ作る」を設定します。
私が最初に取り組んだのは、バナー制作のブリーフシートのテンプレート化でした。クライアント情報・デザインの意図・NGワード・参考イメージがまとまったシートを作れば、他の人が一定品質で動ける。一つ作るたびに「自分の代わりができる仕組み」が増えていく。この積み重ねがチームを持つということの本質だと実感しています。
壁② 言語化の壁

【壁の正体】「伝えたつもり」が生む最悪のすれ違い
デザイナーとして経験を積むと、言葉にしなくても「わかること」が増えていきます。「余白は多めに」「フォントは3種類以内」「この業種のターゲットはだいたいこういう感性」こういう判断が、長年の経験から無意識にできるようになる。
でもこれは、自分の頭の中にしかない情報です。
チームメンバーも、外注先も、クライアントも、あなたの頭の中は見えない。当たり前の話ですが、リーダーになり始めた人の多くが、これを忘れています。
「これくらいわかるだろう」「言わなくてもわかってほしい」この思考が、チームで最も多くのすれ違いを生みます。
【私の失敗談】「なんか違う」が3回続いた話
メンターを始めた頃、ある受講生に「このバナー、もう少しスッキリさせてみてください」とフィードバックしました。
次に上がってきたバナーは、確かにスッキリはしていた。でも私がイメージしていたものとは違う。
「スッキリ」の定義が、私と受講生でまったく違ったんです。私にとってのスッキリは「余白を増やしてテキストを減らすこと」でした。でも受講生にとってのスッキリは「装飾を減らすこと」でした。
どちらも間違っていない。でも私が「スッキリ」という言葉の定義を言語化しなかったから、すれ違いが生まれた。
「なんか違う」を3回繰り返したあと、ようやく自分の言語化の甘さに気づきました。「スッキリさせてください」という指示は、実は何も言っていないのと同じだった。
【乗り越え方】仕事を渡すときの「4点セット」
「何を目指しているのか」「この仕事が完了した状態はどんな状態か」を言葉にします。「なんとなく良い感じに」は禁止。「このLPで30代女性がひと目で自分ごと化できるビジュアルを作る」という具体性を持たせます。
「良い仕事」の定義を共有します。「フォントは3種類以内」「余白は思っているより多めに取る」「色は指定のブランドカラーを軸に展開する」こういう具体的なルールをリスト化して渡します。「クオリティを上げて」では人によって解釈が変わります。
「どのレベルの判断は自分でしていいか」「どのレベルの判断は相談が必要か」を最初に決めておきます。「クライアントへの提案内容の変更は事前確認が必要。でも文言の微調整は自分で判断していい」というように、境界線を言葉で引きます。
「困ったときはいつでも聞いていい」は機能しません。「毎週月曜に進捗共有」「詰まったら即Slack」のように、相談の場を意図的に設計することで、問題が小さいうちに見える化できます。
この4点セットを仕事を渡す前に言語化するようになってから、「なんか違う」の頻度が劇的に減りました。最初は時間がかかりますが、一度作ると次回から流用できる。そして自分のクライアントへのヒアリングも整理されて、一石二鳥でした。
壁③ モチベーション設計の壁

【壁の正体】「なぜ動いてくれないのか」という問いの答え
リーダーになり始めた人が感じる、最も消耗する疑問があります。
なぜ、あの人は動いてくれないのか。
自分はモチベーションが高い。やる気もある。でもチームのメンバーが同じ熱量で動いてくれない。指示した通りに動いてくれない。積極的に提案してくれない。
このとき、多くのリーダー初心者は「あの人はやる気がない」「向いていない」と判断してしまいます。
でもJCCで学んで気づいたのは、これは「やる気の問題」ではなく、ほとんどの場合「環境の設計の問題」だということです。
【私の失敗談】メンターとして「なぜ動かないんだろう」と思い続けた話
メンターを始めた最初の頃、私は「やる気があるかどうか」で受講生を見ていました。
積極的に質問してくれる人は成長が速い。消極的な人は成長が遅い。そういう判断をしていた。
でもJCCで気づいたのは、「消極的に見える」受講生は、単に「安心して動ける環境」がなかっただけだったということ。
私のフィードバックが厳しすぎた。改善点を指摘することに集中しすぎて、承認が足りなかった。「この人には難しいかも」という私の態度が、相手の萎縮を生んでいた。
フィードバックのスタイルを変えてから、明らかに変化がありました。同じ受講生が、自分から提案してくるようになった。ミスを正直に報告してくれるようになった。
人が変わったのではなく、環境が変わったんです。これは本当に衝撃でした。
【乗り越え方】モチベーションを設計する3つの要素
「やる気がある人を探す」のをやめ、「やる気が生まれる環境」を意図的に設計する
人が動くとき、そこには必ず「意味」があります。「このデザイン、作ってください」より「このデザインで、このクライアントの売上が上がったら、このサービスを使う人の生活が変わります。だからこの仕事は重要です」——同じ仕事でも、背景にある意味を伝えるだけで取り組み方が変わります。
人は「何を」ではなく「なぜ」に動きます。「何をするか(What)」を伝えるだけでなく、「なぜそれが重要か(Why)」を必ずセットで伝えることを習慣にしました。
人が最もモチベーションを失うのは、「自分は成長していない」と感じたときです。人の成長は、本人が一番気づきにくい。日々少しずつ変わっているから、変化が見えない。
だからリーダーが「あなたはここまで変わった」と言語化して渡す必要があります。「先月と比べてここが変わったね」「この判断、以前のあなただったらできなかったよ」——こういう言葉を意識的に伝えることで、相手の自己効力感が上がる。そしてそれが次の挑戦への燃料になります。
チームメンバーが自走しない理由の多くは「失敗が怖い」からです。「間違えたら怒られるかもしれない」という不安があると、人は指示待ちになります。
心理的安全性を作るためにリーダーがやるべきことはシンプルです。
- 自分が失敗したとき、正直に話す(リーダーが失敗を隠さないことで、メンバーも失敗を言いやすくなる)
- 提案や意見に対して否定より先に「面白い視点だね」と言う
- うまくいったことを具体的に褒める(「よかったよ」ではなく「あのヒアリングの質問が特に良かった」)
週1回、1対1で「最近どう?」と聞く時間を作る。「最近どう?」「困ってることある?」「今一番やりがいを感じてる仕事ってどれ?」この問いかけを毎週続けるだけで、チームの空気が変わります。人は「見てもらえている」という感覚があるだけで、動くモチベーションが上がります。
まとめ:壁は消えない。でも「見える」ようになる

3つの壁と乗り越え方を振り返る
壁① プレイヤー呪縛 → 「渡す仕組み」を一つずつ作る
壁の正体:「手を動かすこと」がアイデンティティになっている
乗り越え方:渡せる仕事リスト → 衝動をサインに使う → フローを一つ作る
壁② 言語化の壁 → 仕事を渡すときの「4点セット」を習慣にする
壁の正体:「伝えたつもり」が生む最悪のすれ違い
乗り越え方:ゴール・品質基準・判断権限・相談ルールを言語化する
壁③ モチベーション設計の壁 → 「やる気が生まれる環境」を意図的に設計する
壁の正体:「やる気の問題」ではなく「環境設計の問題」
乗り越え方:意味を渡す・成長を言語化する・心理的安全性を設計する
壁は「なくなる」のではなく「見えるようになる」
正直に言うと、私は今も毎日これらの壁にぶつかっています。「自分でやってしまおうか」という衝動はまだ出てくる。言語化が足りなくてすれ違うことも、まだある。チームメンバーのモチベーションをうまく引き出せなかったと感じる日もある。
でも、壁の「正体がわかった」ことで、対処できるようになりました。「あ、これはプレイヤー呪縛が出てるな」と気づいたとき、立ち止まることができる。「言語化が足りてるか?」と自問できる。「この人のモチベーションが下がっているのは環境の設計の問題かもしれない」と捉え直せる。
壁は消えない。でも見えるようになると、乗り越えるための一歩が踏み出せます。


